(阪急伊丹駅北側の復興の碑)
1995年1月17日午前5時46分、地震発生。
あの日から24年が経ちました。
あの時、阪急伊丹駅は、列車ごと駅が崩落し、
駅交番で当直をされていた警官2名のうち、1名が命を落とされました。
駅北側の復興の碑にありますように、市内でも23名の方がお亡くなりになり、
重軽傷者は2千7百人以上に上りました。
停電、断水が長く続き、余震の恐怖に、自宅に帰ることができない方も。
追悼のつどいは、主催者の高齢化によって年々その数は減っています。
その一方で、神戸から広がり、各地で追悼のつどいが開かれているそうです。
電車ごと崩落した、阪急伊丹駅では、
西台商店会の若い店主さんが中心になって、追悼のつどいが開かれます。
私もこちらのつどいに参加させていただいています。
地震発生の時刻に、集まった人たちで黙とうをささげる、
ただそれだけのつどいです。
人数の多い、少ないは問題ではありません。
亡くなられた皆様のご冥福をお祈りし、
残されたご遺族の皆さんの心の平安を願い、
災害への構えをお約束する、そして、忘れない、
ただそれだけのつどいです。